悲観と楽観の間

新型のウィルスが世界的に流行する中、日本国内でも外出自粛等の要因から、様々な所で苦しい状況が続いているようです。ニュースでは、「2ヶ月も休業したらお店が危ない」「仕事がなくなって生活ができない」といった街の声を度々耳にします。

今回のような想定外の事態が起きた時、いかにダメージを抑えるか、また冷静に対処できるかどうかは、事前にどれだけ物事を悲観して準備したかによると思います。ここでいう悲観するとは、「もうおしまいだ」と嘆くことではありません。上手くいかない事を見越しておくという意味です。

ものを設計する時に安全率という考え方があります。例えば100の力が加わる条件下では、120の力が加わっても壊れないような設計にしておくことです。この20%分の余裕が安全係数です。加わる力は常に100以下だろうか。100以上の力が加わった場合はどうなるか。設計においては、このように悲観的に考えて、より安全なものにすることが求められます。

より身近な例でいうと、家計に関して生活防衛資金という考え方があります。急に収入が途絶えたとしても生きていけるよう、3ヶ月~半年分を目安に生活用の資金を貯めておきましょうという考えです。これは日常生活における“安全率”といえるかもしれません。

以上の例のように、物事を悲観して安全を確保しておくという考えは色々な所で見られます。しかしここで悩ましいのが、生きていく上でどこまで悲観するかということです。全ての事態に備えようにも、お金も時間も足りない。過剰に備えすぎて無駄にしたくない。めったに起こらないから大丈夫だろう。悲観と楽観の間で色々な考えが巡ります。一つ言えるのは、何も考えていないと、あらゆることが想定外の事態になってしまうということです。

昨今のような生活が急変する事態を経験し、生きていく上で日頃から悲観と楽観のバランスを考えることが大切だと改めて感じました。私が好きな作家に森博嗣さんという方がいます。森博嗣さんの著書に『悲観する力』があります。今回の記事で述べた、物事を悲観することに対して、どのような態度で臨むべきか詳しく書かれており、とても参考になります。自宅で過ごすことが多い今、本を読む機会もあるのではないでしょうか。ぜひ一読して見て下さい。